奥田英朗「罪の轍」あらすじ・感想!真相は霧の向こうに

小説

ついに刊行された奥田英朗さんの「罪の轍」。
「オリンピックの身代金」では、開会式まで2か月を切ったところから物語がスタートしましたが、今作では前年の7月から。
そして「ローマの休日班」と呼ばれていた7人の刑事も登場。
今回もネタバレに気をつけて書いています。

 

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あらすじ

東京でアジア初の五輪開催を翌年に控えた1963年(昭和38年)。

日本最北の離島・北海道「礼文島」で生まれ育った20歳の宇野寛治(うの・かんじ)は、母親と札幌で暮らした時期もありましたが、はっきり覚えていません。
軽度の記憶障害があり、子供の頃から言われたことをすぐに忘れてしまうところがありました。

特殊学級に通っていた寛治は、中学を卒業して札幌の工場に就職しましたが、仕事をきちんとこなすことができず、怒られてばかり。
手癖が悪く、同僚の腕時計を盗むなどの窃盗事件を起こして鑑別所に入れられたこともありました。

去年の春、島に帰ってきたあとは、米屋に就職するも1年で解雇。
水商売をしている母親の良子とは親子の情はなく、一緒に暮らしていません。
今年の5月から雇われ漁師となり、網元・酒井寅吉の所有する宿舎に1人で寝泊まりしていました。

こうして何とか生活していた寛治ですが、治らないのが盗み癖でした。
㋆30日。
最近島で起きた空き巣事件が寛治の仕業だと、同じ漁師の赤井辰雄(あかい・たつお)に気づかれてしまいます。
赤井から口止め料を要求さた寛治は、盗品を稚内市内の質屋でお金に換えようとしたところ、警察に通報され危うく礼文島に逃げ帰ってきました。

重要参考人として警察に追われることになった寛治は、網元の自宅に盗みに入り、そのお金を持って上京することを決めます。
赤井の助言を受け、網元が家を留守にするその日の夜に決行。
赤井の言われるがままに宿舎に火をつけ、自宅から女将と子供たちが出てきたところを忍び込みます。
寛治は船大工が使う手斧を使い金庫をこじ開け、中身をごっそりと持って行きました。

翌早朝、網元の漁船で礼文島から本島に逃走を図りますが、盗品を赤井に横取りされていたことに気づきます。
しかも赤井から海水入りの燃料を渡されていたことで船は遭難。
赤井は海難事故に見せかけて寛治を殺すつもりでした。
天候は荒れ始め、絶体絶命のピンチに陥ります。

記憶は霧の向こう側で、寛治にはうっすらとした印象しかありませんが、なぜかこれ以上にひどい経験をしたことがあると確信がありました。
しばらくし、運よく岸が見えてきたところで、思い切って海に飛び込んだ寛治。
泳ぎ着いた利尻島で林野庁(りんやちょう)の詰所に忍び込むと、そこで作業着や腕章を手に入れます。

1963年(昭和38年)8月10日、土曜日の朝。
東京都荒川区の南千住で強盗殺人事件が発生。
75歳の被害者は10年ほど前まで時計商を営んでいた山田金次郎。
3年前に妻を亡くし1人暮らしをしていました。
近所に住む被害者の3女が朝食を届けに訪れ事件が発覚。
鉄の棒で頭部を殴られたと思われ、死亡推定時刻は昨日の午前から夕方ごろ。
金庫はバールのようなものでこじ開けられ、現金と貴金属類が盗まれていました。

8月に入り、南千住近辺で同様の空き巣事件が多発していたことから、同一犯による犯行の可能性が高いと見る警察。
捜査本部は南千住署に置き、所轄のベテラン刑事、大場茂吉(おおば・もきち)とコンビを組むのは捜査一課5係の落合昌夫(おちあい・まさお)。
被害者宅の周辺で聞き込み捜査を進めると、事件当日の午後に林野庁の腕章をつけた不審な若い男が多数目撃されていました。

捜査会議では捜査一課に配属されたばかりの27歳の岩村傑(いわむら・たかし)が述べた、8月の強い日差しの下でも外で遊んでいる子供たちのほうが、不審者を目撃する可能性が高いのではないかという意見を採用し、聞き込み対象を小中学生にします。すると、荒川河川敷で遊ぶ少年たちから、北国訛りの若い男が数日前まで鉄橋下の荷船で寝泊まりしていたとの情報を得ます。

無邪気で幼稚だったというその男は子供達からバカにされても怒ることなく、一緒に遊ぶこともあったとのこと。
さらにその男は林野庁の腕章をしていたことも判明。
林野庁に問い合わせたところ北海道のサロベツ原野詰所で、作業服一式が盗まれていたことがわかります。

お盆が明けた8月19日。
台東区にあるドヤ街「山谷」に警察の一斉捜査が入ります。
目的は被害者宅で盗まれた腕時計とインドの金貨、そして林野庁の腕章をした男。日雇い労働者達から人気の「町井旅館」にも家宅捜索が入ります。
10年前、夫が警察の不手際で死亡したことを恨みに持つ女将は、必死の抵抗を見せます。
町井家が韓国にルーツを持つから、警察は夫を殺したんだ、と大騒ぎ。

その女将の息子、町井明男は数日前に林野庁の腕章をした男と町で知りあい、1日だけ家に泊めていました。
その男の名前は宇野寛治。
20歳の明男は浅草に拠点を置く東山会の構成員で、寛治を事務所に連れていくなど、彼を気に入った様子。

姉の町井ミキ子(22歳)は、寛治とは関わるなと明男に伝えますが、寛治のことを「ただのケチな空き巣で人はいいんだよ、バカだから」と、意に介しません。
寛治にストリップ小屋の仕事を紹介したあと、恩返しをしたいという寛治のお金で豪遊します。

ところが、そのお金がストリップ小屋から盗んできたお金だと発覚。
寛治に罪の意識がないようで、明男は呆れるばかり。

上京してそろそろ1ヶ月。
寛治はストリップ劇場の踊り子、喜納里子(きな・さとこ)の部屋に転がり込んでいました。
この里子という女性も過去にいろいろ罪を犯してきたことで逮捕状が出ている可能性があるとのこと。

寛治の体に異変が起きたのは、その里子と外出中に道路を渡ろうとした時でした。
車のクラクションが響くと、体が硬直した寛治はそのまま倒れてしまいます。
もうろうとした中、札幌にいた子供の頃が思い出されようとしますが、意識を失ってしまいました。

里子に呼び出された明男は、目を覚ました寛治に保険証のいらない病院に連れていってやることを約束します。
すると寛治からお礼としてインドの金貨をらいます。
明男はその金貨を古物商で換金しますが、その際、偽の学生証を使ったため逮捕。しかも金貨は殺された山田金次郎宅からの盗品の疑いも出てきました。

すぐに姉のミキ子が上野警察署に出向き、山谷労働者連合会の用意した近田弁護士の力を借ります。
警察はインドの金貨が金次郎宅にあった物だと特定ができずにいたうえ、上野署の刑事が暴力を振るったことで、明男を釈放せざるを得ませんでした。

昌夫たちが捜査4課から受けた情報によると、殺された金次郎は信和会の初代会長と付き合いがあり、過去に拳銃の密輸に関わっていたとされました。
しかし一旦、危うい目に遭った金次郎と会長は拳銃密輸から身を引いたとのこと。

その後、金次郎が社長を引退し、後を任せられた3女の娘婿が、翌年から再び、2代目信和会の幹部・花村正一(はなむら・まさかず)と拳銃密輸をはじめた疑いがあるといいます。
そして、時代の変化に気づいた金次郎が実雄の密輸をたしなめたことで、関係が悪化した可能性があるということでした。

一方、釈放された明男は、寛治に金貨を入手した経緯を訊ねていました。
すると寛治は金次郎の家に盗みに入った時、帰宅した住人と鉢合わせしてしまったが、盗んだ物は返さなくていいと、金次郎と一緒にいた、いかつい男達から言われたとのこと。
そのあとは、金庫を開ける時に使ったバールを取られただけで解放された、と寛治はのんきに話します。

その男達がバールで金次郎を殺したあと、空き巣の居直り強盗殺人に見せかけるため、寛治を逃がした、と明男は推測。
寛治に外出を控えるように言います。
そんな忠告を無視して賽銭を盗みに出かけた寛治。
気づけば浅草の神社で低学年の小学生達と仲良くお菓子を食べていました。

その頃、新たな情報を掴んでいた警察。
林野庁の北海道サロベツ原野詰所で作業服一式が盗まれた同じ時期に、礼文島で空き巣事件が頻発していたことがわかります。
詰所での犯行も漁船で逃走を図ったその空き巣犯の仕業ではないかと推理されました。

その逃走犯の名前は宇野寛治。

これで南千住周辺で起きた空き巣が寛治の犯行である可能性が高いと警察は見ますが、今回の殺人事件と結びつくかどうかは、まだわかっていません。
そこで、昌夫と大場が北海道に派遣されます。
寛治の保護司だった人物のもとを訪ねると、婚外子として生まれた寛治は親戚の家を転々と暮らしていた、と教えてくれました。

5歳のとき母親に引き取られてからは、継父の虐待を受ける日々だったとのこと。
当たり屋をさせられていた寛治は脳に後遺症が残り、交通事故のことすら憶えていないということでした。

その後、警察が総動員体制で寛治を探すことになり、山谷は聞き込みの刑事だらけ。
山谷労働者連合会のアジトに避難していた寛治は盗みを繰り返し、里子と生活を共にしていました。
そこに明男がやって来ます。
寛治が盗んだ金貨は信和会の大切な客人だった山田金次郎の物で、信和会の立木という幹部の1人から寛治をかばったせいで、大金を用意しなければいけなくなった、と明男は言います。

感極まる寛治。
これほど自分のことを気遣ってくれる人は、人生で初めてのこと。
明男のために、迷惑をかけた里子のためにもお金を作らなければならないと寛治は強く思いました。
そして賽銭泥棒をしようと向かった先は浅草。

するとこの間の子供たちが寛治のもとに集まってきます。
すっかりなつかれてしまった寛治。
特殊学級に入る吉夫(よしお)という名前の男児が他の子供たちからバカにされているのを見た寛治は、吉夫をからかうのをやめさせました。
寛治には他人事のような気がしなかったからです。

その頃、事件を追う捜査陣は稚内南署の署長から寛治の写真を入手。
昌夫がその写真を持って浅草で聞き込みを始めると、日曜日に写真の男が5,6人の小学生と一緒にいたとの目撃情報を得ます。
宇野寛治はこの近くにいる、と確信する昌夫。

そんな中、浅草で小学1年生の児童、鈴木吉夫(すずき・よしお)ちゃんが、誘拐される事件が発生。
吉夫ちゃんの自宅に身代金要求の電話がきたのは、行方不明になった日曜日の翌日でした。
昌夫の所属する捜査一課5係に、一刻も早く元時計商殺人事件を解決し、こちらの捜査に加わるようとの指示がなされます。

すると、昌夫が浅草で得ていた情報で、寛治と思われる人物が連れていた小学生数人の中に、その鈴木吉夫ちゃんがいたことが判明。
つまり誘拐されたと思われる日曜日の午後、寛治と吉夫ちゃんは一緒に遊んでいたということ。

昌夫は寛治の情報を伝えるため、捜査本部が設置された浅草署に行くと、通例とは違い浅草署の堀江署長が、捜査指揮を執ることになっていました。
そして現在足取りを追っているのは、先月末に突然、吉夫ちゃんの両親が経営する「鈴木商店」を辞めた21歳の川田恵子という女性。
この女性と駆け落ちした相手は、素行の悪い少年時代を送っていたとのこと。
電話の声は男でも共犯の可能性も捨てきれないというのが捜査本部の考えでした。

10月8日午前11時13分。
犯人からの2度目の電話は、身代金の準備を確認してきたあと、すぐに切られてしまいました。
気になるのは、セリフを棒読みしているかのような話し方と、犯人が発した「ああ、じゃまない」という訛ったような言葉。
昌夫が堀江署長にこの事を指摘しても、まともに取り合ってもらえません。
仕方なしに、玉利一課長の許可をもらい調べたところ「じゃまない」は、北陸の方言で「心配ない」という意味だとわかり、昌夫は考え込みます。
北陸とはどういうことか。宇野寛治の共犯者が北陸出身なのか。それとも寛治と誘拐事件は関係がないのか。

その日の午後6時5分。
誘拐犯から掛かってきた3度目の電話では、身代金受け渡しの指示が出されます。
日時は明日の午後8時で、場所は東京スタジアムの自転車置き場。カブの前籠に新聞紙に包んだお金を入れておくこと。
午後7時に掛かってきた4度目の電話では、子供を預かっている証拠として、子供の靴を置いといたという場所を教えてきます。

するとその場所には、吉夫ちゃんの靴が確かに置かれていました。
それを見て悲痛な思いに駆られた昌夫。
頭から離れないのは宇野寛治でした。
誘拐の当日に吉夫ちゃんと一緒にいたのは、偶然なのか、それとも何らかの形で事件に関わっているのか。

翌朝、昌夫は南千住町で起きた元時計商殺しの容疑者が特定されたことを知らされます。
殺したのは信和会の花村正一だと被害者の娘婿が自供したとのこと。
在日朝鮮人の花村は家族のいる韓国へ高跳び。
花村を捕まえるには日韓の国交樹立を待つしかありませんでした。

時刻は午後6時16分。
犯人から掛かってきた5度目の電話で、身代金を今すぐ指定された場所に届けるよう指示されます。
突然の時間変更は配備された全ての捜査員に連絡が行き届いていません。
昌夫と岩村は別のカブを犯人が乗ったカブと間違えて追跡してしまい、堀江署長の判断ミスも重なったせいで犯人を取り逃がしてしまいます。
昌夫は声を震わせながら、本部に事態を報告。
被害者両親のことを考え激しく動揺しました。

10月13日。
捜査本部を再編成することになり、5係の7人の刑事は、寛治を追うことになります。
身代金の受け取りに成功した犯人から子供を返してくれることを願う両親。
しかし犯人からの連絡は一向にきませんでした。

10月14日。
事件が明るみに出た途端、被害者宅に掛かり続けるいたずら電話、マスコミの報道合戦に昌夫は強い憤りを覚えます。
身代金要求のやりとりをした音声を寛治と面識がある者たちに聞かせたところ、2人から寛治の声に似ているとの証言を得ます。
さらに、寛治と逃げている喜納里子から電話があったとの情報も入手。

熱海にいた里子は東京に戻って新宿でやり直したい、と言っていたとのこと。
実際、新宿にやって来ていた里子は身分証明書のいらない店に採用されていました。
里子とは反対に仕事が見つからない寛治は、この界隈に縄張りを持つ住田組の構成員といざこざを起こします。
すごまれた瞬間、寛治の脳裏に蘇ったのは、札幌で暮らした子供の頃の自分でした。

怒鳴られ折檻を受ける毎日。
その時に感情のスイッチを切る術を身につけて以降、感じなくなった恐怖や緊張。
宇野寛治はいったいどういう人間なのか。もしかすると、これまで見たことのない怪物なのではないか。
そして新宿で起こる新たな殺人事件。
警視庁捜査一課5係の落合昌夫は鳥肌の立つのを感じていました。

感想

実際に起きた事件を題材にしたと思われる作品。
「昭和」の情景を描く筆さばきは、実に奥田さんらしく臨場感たっぷり。
被害者家族や刑事たちの心理描写は緊迫感が伝わってきました。
際立つ個性を持つ宇野寛治を書き出す力も見事。
終盤は震えるほど辛い展開に、なんとも言い難い気持ちになりました。

 

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