湊かなえ「未来」悲痛な少女期を乗り越え、いつか夢の国へ

小説

先月、5月19日に発売された湊かなえさんの「未来」は「序章」「章子」「エピソードⅠ」「エピソードⅡ」「エピソードⅢ」「終章」の6つの章から成る物語です。

書簡体形式で進む「章子」の章が終ると、「エピソードⅠ」からは、章子を取り巻く登場人物たちの視点から独白形式で物語の真相がひとつひとつ解き明かされていく構成になっています。

 

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あらすじ

物語は、中学3年の夏に佐伯章子(さえき・あきこ)が、友人と一緒に夜行バスで東京ドリームランドへ向かうところから始まります。

友人が寝付いたことを確かめると、リュックから1通の手紙を取り出します。
章子宛てにその手紙が届いたのは4年半前、小学4年生の卒業式の後でした。

そこには以下のような書き出しで始まっています。「わたしは20年後のあなた、30才の章子です」
要するに送り主は、「未来から送って来た」と。
当時、10歳の子供でも簡単には信じられません。

しかし嘘ではない証拠として、その年の東京ドリームマウンテンは10周年記念を迎えるはずでしたが、20年後の30周年記念のしおりが同封されていました。
さらに手紙を読み進めていくと、章子自身しか知りえないことが綴られていることもあり、未来から来た手紙だと信じることにします。

そして手紙には次のような言葉が残されていました。

「悲しみの先には、光差す未来が待っています。それを、あなたに伝えたくて」
というのも、当時の章子は一月ほど前に最愛の父・佐伯良太(さえき・りょうた)を病気で亡くしたばかりで、毎晩のように布団の中で泣いていました。

手紙を読むにつれ、心が慰められていった章子。
その夜から未来の章子に返事の手紙を書くことにしました。
しかし未来から送られてきた手紙には、返信の仕方については書いてありません。
「未来から手紙を送ることは、厳しい審査がある」と書かれていたことから、簡単には過去と未来、手紙のやり取りは出来ないのではないかと章子は推測します。

それでも近い将来、未来の章子へ手紙が届けられる日が来ることを信じ、手紙を少しずつ書き溜めていくことにしました。
日々の出来事を未来の自分へ問いかけるように。

30才の大人章子へ
手紙をありがとう。
そんな書き出しで始まった手紙の内容は以下の通りでした。

章子が5年生になると、4年生の担任だった篠宮真唯子(しのみや・まいこ)先生は退職し、新しい担任は大学を卒業したばかりの林優斗(はやし・ゆうと)先生になりました。
母子家庭になった章子のことを気にかけてくれる優しい先生です。

クラスメイトには、4年生でも一緒のクラスだった須山亜里沙(すやま・ありさ)と後藤実里(ごとう・みのり)がいました。
自分より成績のいい子をひがみ、悪口を言いふらす実里と、普段は無口でも、突然何かをキッカケにワーと喋りだす亜里沙。
章子はそんな2人のことを苦手に感じていました。

母の佐伯文乃(さえき・あやの)は調子のいい時なら簡単な家事くらいできますが、調子が悪い時は起き上がれなくなることもあれば、椅子に座った状態でぼんやり1日を過ごすだけの人形のような時もあります。

父から聞かされていた話では、母は子供の頃にとてもつらいことがあり、心の病気にかかったとのこと。そんな章子に父が亡くなってから初めての家庭訪問の時期がやって来ました。
今回、母一人で大丈夫かと不安になっていると、娘に心配させまいと元気な素振りを見せる母に涙がこぼれる章子。

そして無事に家庭訪問を成功させた母は、とても調子が上向きのようでした。
ところが、章子の学校で行われる遠足の前日からまた人形のようになってしまいました。
仕方なく、遠足に持って行くお弁当は章子が自分で作ることにします。

迎えた遠足当日、章子のお弁当をのぞき込んで、皮肉なコメントをする実里から助けてくれたのが意外にも亜里沙でした。
実は彼女もお弁当は自分で作ったのだそうです。

帰りのバスの中では、林先生が母の具合を心配して声をかけてくれました。
さらに、知り合いの医者まで紹介してくれたうえ、週に一度、病院まで車で連れて行ってくれます。

その頃、章子が父の遺品整理をしているとタイトルの書かれていないフロッピーディスクが出てきました。
中身を確認しようにも父のパソコンにフロッピーの差し込み口がありません。
仕方なく、引き出しの中にしまっておく事に。

林先生はというと相変わらず母に親切にしてくれています。
しかし、そのせいで林先生と母が付き合っているという噂が立つと、PTAの人たちから、林先生と母は学校の会議室に呼び出されます。
その時、章子は実里に連れられて会議室の隣の部屋へ。

2人で聞き耳を立てていると林先生の口から、「ぼくは、佐伯文乃さんを愛しています」と、驚きの告白が。
すると母が、「私に恋愛感情はありません。子供の担任だから従っていただけ」と、先生はあっさりと振られてしまいます。

一部始終を聞いていた章子は、林先生を少し心配しますが、心が病んでしまい学校を去っていきました。

その後、実里は林先生がいなくなったのは章子のせいだと言わんばかりに、嫌味を言ってきますが、六年生に上がるとクラスが別々になったこともあり、章子も気にしないことにしました。
ただ、仲良くなりかけていた亜里沙ともクラスは別になったことは少し残念な章子でした。

そんな章子に、驚く出来事が起こります。
父も母も、生まれた家の家族はいないと言っていたので、親戚はみんな死んでいるものだと思っていました。

ところが、父方の祖母が突然、章子の家を訪ねてきました。
その時、初めて章子は佐伯という自分の名字が父のものではなく、母のものだったと知りました。

祖母は、自分の息子良太が章子の母と駆け落ちをしたことは許し、財産を良太にいくらかゆずるつもりでいたと話します。
それなのに良太が亡くなったことさえも連絡してこなかった章子の母・文乃に対し、一方的に責め立てます。

怒りが収まらない祖母でしたが、初めて見る孫の章子に息子良太の面影を感じると、文乃に章子をくれと言い出します。
当然、必死に拒みます。
祖母は章子にもその気がないとわかると、残念そうに帰っていきました。

それでも章子は自分の知らない父の話が聞けるかもと、興味を持ち、母から祖母の家に遊びに行く許可をもらいました。
そしてゴールデンウィークに父と母の育った町、父の育った家にやって来た章子。

祖母は言います。「お母さんと一緒にいたら、成長するに連れて、本来なら背負わなくていい困難を引き受けなきゃならない恐れがある」と。
困難とは何か、章子が訊ねると祖母は打ち明けます。

母が昔、母の父と兄を殺した人殺しだったことを。
しかも母が殺した兄は、父の親友だったことも。
当時の父は、親友の妹だった母が、何かしでかしそうだと察していたにもかかわらず、悲劇を防げなかったことを後悔していたと、祖母は推測していました。

その後、京都の有名な私立大学に入り、県の公務員試験に合格した父でしたが、母と再会すると、全部を捨てて駆け落ちしたということでした。
それを聞いて声を張り上げて泣く章子。
章子の背中をなでながら、やさしく声をかけてあげる祖母。
それから2人は床に就きましたが、朝を迎えるまでに章子の心は決まっていました。

この町では母は、人殺し。
父は母を守るため、知り合いと会う事のない遠くの町で母と新しい生活を始めた。
だからこの町とあの町を繋ぐ人がいたら、ダメ。
章子は二度と祖母の家には来ないし、祖母も会いに来ないでほしいことを告げました。

そうして祖母との悲しい別れを経験した章子に、またしても大ニュースが転がり込んできました。
とは言っても、母が観光ホテルでの洗い場の仕事を見つけてきただけのことでしたが、章子にとっては大変なことでした。

調子のいい時でさえ、人と接する事が苦手だった母。
1人では外出することもできなかった母が、働き始めるのです。
以前、林先生と心療内科に通っていた成果かもしれないと思うと、章子は少し複雑な気持ちになりました。

そして、その年のクリスマス前。
母は、勤め先で副料理長をしている早坂誠司(はやさか・せいじ)という男の人を連れてきました。
早坂は、章子にも母にも優しくしてくれる背の高いハンサムな人で、お正月明けにもフランスで料理修行の経験を積んだという自慢の腕を振るってくれました。

小学校の卒業式には、母と一緒にビデオ撮影までしてくれました。
母と早坂はしばらく事実婚という形にして、章子を連れて早坂が買った一戸建ての家に引越すことに。ホテルの仕事は母も早坂も辞めて、1階をフランス料理店にして夏前にオープンする予定です。

その頃、中学に上がった章子は、実里と同じクラスじゃないことを喜んでいました。
亜里沙ともクラスは別です。
お店がオープンすると早坂の友人、須山という男の人が手伝いに来ていたのですが、なんと須山はその亜里沙の父親でした。

その後も早坂は母に優しくしてくれるし、母の調子もいいようです。
しかし幸せな日々は長くは続きません。

前回の手紙から一年以上が経ち、久しぶりに章子は手紙を書きます。
この1年に何があったのかを。

それは、2年生へ進級すると実里と同じクラスになったことから始まります。
誰かをイジメていないと気が収まらない実里は、新しいクラスでイジメるターゲットを探していました。

一方、早坂のお店ではネットにひぼう中傷が書き込まれたことから、賑わっていたお店は一気に客足が激減。
さらに早坂は、客として店にやって来た実里の家族と大喧嘩を繰り広げてしまいます。
章子にとって最悪なのは、この店が章子の家だと実里にばれてしまったこと。

案の定、実里のイジメが始まりました。
章子は実里に「臭い人間」に仕立て上げられ、クラスのみんなから避けられる存在になると、そのうち章子自身も自分が臭いのではないかと思い込まされてしまいます。

学校に行かなくなった章子は自室に閉じこもるようになると、荒れ始めていた家の中を知ることに。
それは、早坂が若い頃、傷害事件を起こし少年院に入っていた事が町中に広まり、店の業績悪化に拍車がかかっていたことが原因でした。

店を夜だけの営業に変更した早坂は、昼間から須山と飲んだくれていましたが、母は店の赤字を補うため、訪問介護の仕事に出かけていました。

それからしばらく経ったある日のこと。
体の匂いを気にして香水を付けた章子が厨房に入ったことに腹を立てた早坂は、怒鳴り散らします。
すると店に来ていた常連の猪川(いのかわ)が怒鳴り声を聞き厨房までやって来ました。
猪川は全国に10店舗を越える高級ホテルを展開している会社の会長です。

猪川は早川に新店舗の料理長を任せるつもりでしたが、小さな女の子にそれしきの事で怒鳴り散らす早川に失望し、この話はご破算となりました。

猪川が去ったあと、章子に逆恨みした早川は容赦なく章子を痛めつけます。
次の日も早川に殴られ、震える章子。
こんな日がいつまで続くのか、終わりはすぐにやって来ました。
レストランは自宅もろとも火事になり営業が続けられなくなると、早坂は捨て台詞を吐いて去っていきました。

その後、早川に取られた父の保険金を取り返す気力もない母娘は、ぼろアパートに引っ越しますが、章子達から去ったはずの早坂が、たびたび訪ねてくるようになります。

そんな中、章子宛てに一通の手紙が届くのですが、差出人は章子よりずっと前から不登校気味だった亜里沙でした。

そんな亜里沙には智恵理(ちえり)という2つ年上の友達がいました。

亜里沙に誘われ、智恵理の部屋にお邪魔した章子。智恵理はこの時、留守でしたが勝手に上がっていいということでした。

亜里沙から話を聞くと、実里から自分が臭いと思い込まされていただけだと気づきました。
涙があふれる章子。

洗脳から解放され気持ちが楽になったことで、学校に復帰しますが、すぐに実里のイジメが再開されました。
ところが、教室に入ってきた亜里沙が鋭いタンカを切ると、たじろぐばかりの実里。
一緒にいじめに参加していたクラスメートも亜里沙の迫力に飲まれていました。
それで十分と感じた章子は当分の間、亜里沙と保健室登校をすることにしました。

亜里沙とすっかり仲良くなった章子。
亜里沙もなぜ不登校だったのか訊いてみました。
すると亜里沙は、勉強が嫌いなことや、彼女には守りたい相手と戦わなきゃならない相手が学校の外にいることを打ち明けてくれました。

亜里沙には亜里沙の事情がある。
そう思った章子はそれ以上のことは訊きませんでした。

後日、亜里沙に誘われ、再び智恵理の部屋に来た章子。

亜里沙からお姉さんのように慕われていた智恵理はとても優くて女の子らしい女性でした。

章子はフロッピーディスクドライブつきのノートパソコンを持っていた智恵理に確認したいフロッピーがあることを伝えると、快くOKしてくれました。

章子は約束した時間に父のフロッピーを持って行きます。
智恵理は留守でしたが、勝手に使ってもいいと言ってくれていたので、部屋に上がりパソコンを起動させました。
フロッピーを入れファイルを開き、中に記録されていた文章を読んだ章子。

そこには両親の出会い、事件の真相、悲しい過去の秘密が書かれていました。
章子はしばらく放心状態が続くと、目が真っ赤に腫れるほど泣いてしまいました。

そして章子が手紙を書き始めて4年、中学3年の始業式を迎えるころ。
押入れの奥にしまっていた段ボール箱の中から若い頃の父と母の写真が出てきました。
父と母の他に一緒に写っていたもう1人の男の子の顔を見て、思わずギクリとする章子。

少し動揺するようなことがありましたが、新しいクラスでは亜里沙と一緒、実里とは別になり、この春は快適な状態が続いていました。

ある日、亜里沙と2人で、智恵理が指定した時間に智恵理の部屋に行くと、また家にいませんでした。
仕方なく部屋の中で智恵理を待っていると、壁に貼られたポスターの下に大きな穴が開いているのを見つけてしまいました。
その1枚の下だけかもしれないし、何かをぶつけただけかもしれない。
けれど章子はその穴を見て、智恵理は何か闇を抱えて生きているように思えました。

後日、章子が懸念した通り、智恵理は父と母が寝ている間、自宅に火をつけるという事件を起こして警察に自首しました。
幸い、両親の命に別状はありませんでしたが、亜里沙はショックを受け学校に来なくなってしまいました。

しかし亜里沙の登校拒否の原因は智恵理のことだけではなさそうです。
智恵理と同様、亜里沙にも秘密があることを、章子は薄々気づいていました。

それでも次第に元気を取り戻していった亜里沙。
学校に来るようになった亜里沙は、修学旅行をキャンセルして、そのお金でドリームランドに行こうと、章子を誘ってきました。
亜里沙の弟、健斗(けんと)がドリームランドに行きたがっているという話でした。

一気に心が弾む章子。
ところが、またしても不幸な出来事が起きます。
健斗が「お姉ちゃん、ドリームランドに行けなくてごめん」と書かれた遺書を残して自殺してしまったのです。

亜里沙はひどく憔悴した顔で章子の家にやって来ると、声をあげて泣き出しました。
死者が天国に行くまでの49日間。
それまでに健斗が大事にしてたものを持ってドリームランドに行けば、付いて来れるはずだと、亜里沙と章子は健斗と一緒に3人で行こうと誓いました。

学校は夏休みに入り、ドリームランドの入場券と高速バスのチケットの用意が出来た章子。
家にいると、亜里沙が物凄い勢いでやって来ました。
荒い息をつきながら「健斗を自殺に追い込んだ首謀者が分かった」と話しだしました。

あまりの衝撃的な内容に天地がひっくり返るほどのショックに見舞われた章子。

それは彼女にも到底看過できない問題も含まれていたからです。

2人は覚悟を決めました。

首謀者を殺す。

決行日はドリームランドに行く日。

そして未来の章子へ向けて最後の手紙を書きます。
未来の自分への手紙4年半分に火をつけて、人生を初期化するつもりだと綴ったあと、こう締めくくられていました。

「私、生きてるんだよね?あんたの年まで。それを信じてペンを置きます。さようなら。いや、See you again! 未来の私へ。14歳、もうすぐ15歳の章子より」

ここまでが「序章」と「章子」の章。
さらに、「エピソードⅠ」「エピソードⅡ」へ進むと視点が章子から他の登場人物へと移ります。
そして亜里沙や智恵理の心の痛み、篠宮真唯子が隠してきた過去、未来からの手紙の正体が明かされていきます。

「エピソードⅢ」では章子が涙したフロッピーに書き込まれた文章の秘密が、父・佐伯良太の視点から語られると、計画を実行に移した章子が亜里沙と共に、夢の国ドリームランドへ向かう「終章」で締めくくられます。

感想

「イヤミス」な作品が多い湊かなえさんですが、読後感はそれほど悪くない本作でした。

湊作品によく見られる「母娘の強い絆」を感じる場面もあれば、心無い教師や大人達に酷い目に遭いながらも、エピローグでは明るい未来を信じる章子と亜里沙に希望を予感させます。

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